市議選を振り返って[その3]…二元代表制

 9月20日の長野市民新聞の報道を見て驚きました。最大会派である新友会会長の岡田荘史議員の祝勝会で鷲沢市長が「(議会の安定運営のために)半数は欲しい。議会がねじれることが一番怖い」と述べたというのです。

 市民の幸せにつながる施策であれば議会・議員は支持・賛同するはずです。少なくとも、私はそのように考え対応してきているつもりです。市長は、自らの政治理念と市政運営によほど自信がないのか、過半数を超える最大会派の支持で市政運営を進める“翼賛議会”を求めているようです。首長と議会の緊張感ある相対関係、二元代表制の本質を見誤っているといわなければなりません。

 鷲沢市長は9月15日付のメールマガジンで「首長と議会の二元代表制が機能するかどうか、なかなか難しい問題がある。議会は議員個人の集団で…二元代表制といっても、首長の“一元”に対し、議会は“多数・元”というのが実態」「本会議では不毛な議論になりがち」「形式や建前を基にした議論は、混乱を助長するだけで、インフォーマルな意見交換が大変有効である」などと極めて刺激的・挑発的な発言をしてきています。

 確かに議会の中身は“一元”ではありません。しかし、議会が二元代表制の一翼を担うことの意味は、首長の“一元”に対し、会派や各議員の主張・思惑を超えて、市民の幸せのために議論を尽くし、“一元”的に市民の代表である議会の最大意思を体現する機関でなければならないということです。長野市議会は、その域に達しているとは思いません。だからこそ、議会改革が問われているのです。

 形式論や建前論が不毛であるとは思いません(不毛だと感じる場面がないわけではありませんが…)。自らの政治信条・政治理念を議会側と闘わせてこそ、二元代表制の本領が発揮されるのではないでしょうか。

 さて、二元代表の一元を担う市議会では、会派構成が焦点となっています。最大会派・新友会の過半数(20人)割れは必至だと見ています。「市長与党」を看板とするだけの新友会に「寄れば大樹の陰」で走らない議員の良識を信じたいとも思います。

 私は、社民党公認の看板を背負って当選させていただいていますが、議会内では社民党市議団とせず「市民ネット」の会派を構成してきました。「市民が主役のまちづくりを進める。鷲沢市政には是々非々で厳しく臨む」ことを基本姿勢として、想いを共有する議員との共同会派をめざしたいとの想いからです。門戸は開いているつもりですが、それでも、社民党議員と会派を一つにする選択のハードルはかなり高いんだなという感触です。

 政信会の皆さんからは新たな共同会派結成の呼びかけがあります。この間の政策的な連携に基づく会派対応との趣旨は理解しますし、呼びかけには感謝したいと思います。議会運営を考えた時、数の問題は避けて通れませんが、「数の論理」に与することなく、存在感を発揮する道も重要であると考えています。新人議員では、いわゆる「一人旅」を選択される議員も複数いらっしゃるようです。

 今日段階、私としては、「市民ネット」としての志を大切にしながら、政策的連携を軸として議会内で新たな共同行動を図る道筋を模索することがベターであると判断しています。会派の結成届の締め切りは10月3日です。ご意見をいただければ幸いです。