母、天寿全うす

11月18日、母 布目綠が91歳にて永眠いたしました。
午後3時27分、安らかに息を引き取り、静かな最後となりました。

天寿全うです。

18日早朝に釧路在住の兄から「もう持たないようだ」との連絡を受け、取り急ぎの仕事を片付け、富山に駆けつけました。
午後2時頃に病院に到着、穏やかに眠る母に感謝の言葉を伝えながら最後を看取ることができました。

立山連峰、富山に向かう折の1枚

流杉PAからの立山連峰、富山に向かう折の1枚

19日に通夜、20日に葬儀を営みました。兄が喪主を務めました。

兄も私も富山を離れていることから、親族葬にて執り行わせていただきました。

東京の娘たちをはじめ、北海道に在住する甥や姪も駆けつけました。親族が一堂に会するのは、こういう機会になってしまいます。寂しい限りですが、曾孫たちも揃い何とも賑やかな?数日でした。

長野の皆さん、市議会関係や社民党關係、後援会関係の何方にもお知らせすることなく、母の葬儀を執り行いましたこと、ご理解賜りたく存じます。

今年4月に、「危篤の報せ」を受け富山に駆けつけて以来7カ月、特段の延命措置を施さない中、よく頑張ってくれたと思います。

過ぐる12日に病院を訪問した折には、呼びかけに眼を開け反応してくれていたのですが…。

母の晩年は、認知症を患い、私のことも認識できない状態ではありましたが、病床で声をかけるとうっすらと笑みを浮かべるようなふりに、「わかってくれているのだな」との想いを募らせながら、最後を看取った次第です。

母は茶道の先生をしていたことから、柩には着物と茶道具を入れてあげました。

実家の庭で

実家の庭で

実家の庭で

実家の庭で

このブログを通じ、母に賜りましたご厚情に深謝申し上げますとともに、今後も変わらぬご厚誼のほどをお願い申し上げます。

話は変わりますが、父は96歳で健在です。
既に軽度の認知症ですが、私のことは認識できています。
ショートスティで施設介護を利用しています。
100歳を目指し頑張ってほしいものです。

それにしても、在宅介護は難しいです。
地域包括ケアで在宅介護を進める政策展開は理解しているつもりですが、現実的には深刻な課題です。