悲しい別れ

29日、30日と続いて葬儀告別式に参列しました。

お一人は、認知症で行方不明となっていた安茂里犀北団地の広瀬春子さんで、25日に発見され、29日に葬儀が営まれました。
27日、市議会本会議の昼休みにご遺族から一報をいただきました。
このブログでも情報収集をお願いしてきた方です。

4カ月ぶりの発見です。安茂里の犀沢上流の山中で、犀沢の砂防ダム浚渫に関わる工事関係者によって発見、治療病歴のある歯形から本人確認できたそうです。

残念でなりませんが、ご遺族にとってはご本人が家に帰ることができ、ようやく安堵され気持ちの整理ができるのではと推察申し上げるところです。

認知症高齢者の徘徊SOSネットワークの構築など認知症施策の推進について、改選前の8月議会で取り上げ、新年度予算要望でも早期実現を迫っています。
広瀬さんのご遺影を前に、認知症となっても住み慣れた地域で住み続けられる環境整備に取り組むことを改めて約束させていただきました。

もうお一人は、私自身にとって長野の地における親父的な存在であり、公私にわたり可愛がっていただき育てていただいた元・日本社会党長野県本部書記長、現・社民党長野県連合顧問の市川秀雄さんの葬儀です。
29日通夜に参列し、今日、葬儀告別式に出席しました。享年90歳でした。

市川さんは元全逓信労働組合信越地本の委員長で、1989年に旧社会党時代の県本部書記長に就任され、社会党最後の時代を書記長・書記次長のコンビで教えを乞うた大先輩であり恩人です。
長野を終の棲家として30年、私の人生の節目節目で、叱咤と示唆をいただき、背中を押していただきました。
懐の深い先輩でした。
9月の市議選では、病床にあっても、私のことを絶えず気遣いいただいていたことを奥様から伺い、忙しさにかまけ、元気なお顔を拝見できなかったことが悔やまれてなりません。

ご遺族からのお気持ちで、弔辞を捧げさせていただき、言葉では言い尽くせぬ感謝を申し上げました。

生涯を通じ、労働運動と社会党・社民党運動に献身された先輩の遺志を引き継いでいくことを誓いました。