ポピュリズムの危うさ

 トリプル投票となった注目の名古屋決戦は、地域政党である「減税日本」代表の河村たかし氏が名古屋市長に再選され、知事選では同党推薦の大村秀章氏が初当選を果たしました。また河村市長がリードした市議会解散の賛否を問う住民投票は賛成が過半数を占め、市議会は解散されることに。いずれも大差、これは衝撃です。

 河村氏は市民税10%減税の恒久化や市議報酬の半減を訴えました。劇場型のポピュリズム(大衆迎合)政治には危うさがつきまといます。今後、市長の独善的な行政運営が憂慮されます。

 市民にとってみれば減税は魅力的な提案であることは間違いありません。しかし、市民税10%減税には200億円が必要とされます。市議報酬の半減だけでは到底及びません。行財政改革でどれだけの財源を生み出すことができるのか。借金を増やすだけではないのか。公務員の大幅な削減・賃金カットに及ばないのか。市民サービスは後退しないのか。こうした冷静な議論こそが求められるのではないでしょうか。市長自らの公約が実現できないからと議会を解散する政治手法は、本来、議会機能をチェックするために市民に与えられた権利を不当に乱用したものといえます。

 また、「中京都」構想なるものも、橋下・大阪府知事の「大阪都」構想と共通するものですが、集権主義に立つ構想で、市町村自治を形骸化させる作用が危惧されます。

 そもそも地方自治は、首長と議会がそれぞれ住民による直接選挙によって選ばれる「二元代表制」を採用しています。大きな権力を保持する首長に対し、何よりも市民の幸せを尺度にして、厳しく監視するとともに、足らざる市民サービスを政策提案で補完・充実する役割が議会にはあります。もともと首長と議会は制度上、対立構図にあるといってよいでしょう。だからと言って不毛な対立を煽り立てる政治手法が正当化されてよいはずはありません。

 しかし、有権者である市民の選択は極めて重いものがあります。否応なく、今度は「議会」「議会人」が問われることとなります。「議会は仕事をしていない。ふがいない」と思われるような議会の存在はいずれ淘汰されることは明らかです。自分自身を含め、「市民の幸せを第一に、チェックし提案する、働く議会」を作り上げる時です。このことを肝に銘じたいと思います。