長野赤十字病院の移転建て替え…「若里多目的広場が最適」とされる「今」の課題【その2】

【その1】の続きです。

次なる最大の課題は資金計画

日赤…「建設候補地と資金と看護学校が課題」

昨年11月に福祉環境委員会で現日赤病院を視察した折に、日赤・事務部長は新病院建設の大きな課題は「建設候補地の決定と資金計画、そして看護専門学校である」と述べました。

長野赤十字看護専門学校は3年制・1学年定員40人で運営され、卒業生の8割近くが長野日赤に就職しています。
事務部長は、全国的に日赤看護専門学校の大学法人化が進められており、市内2大学での看護学部新設が決まれば、看護専門学校は直ちに廃止する考えを示しました。

従って、建設候補地が決まれば、残る問題は資金計画ということになります。

総事業費250億円~300億円

長野日赤側は、新病院の建て替えの総事業費について、これまでに「250億円から300億円」という数字を示しています。幅がありすぎますが、精査されたものではないようです。

現病院と同規模の広さを持つ若里多目的広場を建設地として確定させたうえで、策定される『基本構想』において、資金計画の基本が示されることになるのでしょう。

自前の資金はどれだけなのか、どれだけの借入金を想定するのか、自治体からの支援は何をどれだけ見込むのか、跡地利用の資金繰りをどのように見込むのか、等々の目途が早期に示されることが重要です。

若里移転時には21億6,000万円を支援

1983(S58)年の長野赤十字病院の若里移転時には、総事業費106億円のうち、長野市は21億6,000万円を支援し、周辺の市町村からは2億9,200万円の支援もあったそうです。
また、国が1億7,500万円、県が12億2,700万円を補助しました。

総事業費の約20%を支援負担したことになりますが、当時は長野市民病院の建設整備が計画中で、当面「基金」をつくることに力点が置かれていた状況でした。市民の健康にとって長野日赤の存在の比重が高かった故の支援措置ともいえるでしょう。

視察時には、同程度の支援を期待していることが伺えました。印象に過ぎませんが…。

諏訪日赤・安曇野日赤の移転に対する自治体の支援

因みに、諏訪日赤病院の移転、安曇野日赤病院の移転の際の自治体の支援状況を信毎データベースから調べてみました。

諏訪赤十字病院は、諏訪市内の東洋バルブ工場跡地に建設、1999(H11)年4月に竣工しました。移転前と同じ19科480床の規模です。

総事業費201億6,000万円で、本体工事費は104億8,000万円余、用地費(工場跡地を購入)が68億5,900万円に上ります。

病院の自己資金は23億4,300万円、国・県の補助金を17億2,200万円、諏訪市など地元市町村の負担金を50億円見込む計画でした。当初の資金計画では、病院跡地の売却益も充てる構想でしたが、建設段階では売却の目途が立たず、95億円余の借入金を見込むものでした。

地元・諏訪市の50億円の支援(総事業費の約40%)は破格の支援でしょう。「市民病院的存在」と位置付けた諏訪市は当時で32年間償還で利息分を含め73億円余を負担する計画だったようです。

諏訪市を支援する形で、茅野市が2億円、岡谷市が3,500万円、下諏訪町が7,000万円財政支援をしています。

安曇野赤十字病院は、2010(H22)年に、現在地での建て替えを行いました。病床数は現状から約40床減らし321床にしました。

総事業費90億6,500万円の内、安曇野市が36億円余(約39%)を支援しています。「地域住民にとって不可欠な病院」との認識が作用しているようです。

長野赤十字病院は、これまでの県内の赤十字病院の移転・建て替えにおける自治体支援を一つの前例として考えていると推察されます。

長野市民病院を抱える中でどこまで支援できるのか

長野市は、地方独立行政法人に移行したとはいえ、いわば「自前の病院」として長野市民病院を建設・運営しています。4つの公的総合病院のバランスの下とはいえ、市民にとっては安心医療の拠点であることは間違いありません。

現在、市民病院は単年度で3億6,000万円余の黒字決算となっていますが、長野市は一般会計から毎年約15億円を繰り入れ財政支援を行っています。

市民病院の維持、役割・機能の拡充を最優先にしたうえで、市の財政状況を十分に考慮しつつ、長野赤十字病院への支援の在り方が検討されることが必要でしょう。

長野日赤が「市民にとって不可欠な医療機関」であることは間違いありません。私事ながら、日赤に主治医がいる私にとっても重要なことです。

公的病院のバランス、財政支援的にもバランスある支援の有り様を考えていくことが重要であると考えます。

今から、問題意識として明確にしときたいと思います。