戦争法案撤回を求める請願…不採択に反対討論

 6月市議会定例会は、市側から提出されたH27年度長野市一般会計補正予算案や条例案、人事案をすべて可決し閉会しました。 私は、市提出議案には全て賛成しました。

 最終日の焦点は、戦争法案をめぐる請願への対応と、国に提出する意見書、すなわち、24日の総務委員会で賛成多数で採択された「安全法相法制関連2法案のわかりやすい説明を求める意見書案」です。

 私は、市民団体から提出された戦争法案の撤回や廃案を求める請願を不採択すべきとした委員長報告に反対討論を行い、その中で、市民の民意とかけ離れ、何の意味もない「わかりやすい説明を求める意見書」なるものの問題点を追及、新友会や公明の議員の皆さんの翻意を促しましたが、彼らの心に響かせることができませんでした。

 市民ネット、共産党、改革ながの、無所属議員ら9人の議員が反対討論を行いました。それぞれ、説得力があり、聴きごたえのある討論でした。

 私の反対討論を掲載します。
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 33番、市民ネット 布目裕喜雄です。

 戦争をさせない1000人委員会・ながのから提出された請願第8号「平和安全法制という名の戦争法案の撤回を求める請願」を不採択すべきものとした総務委員会委員長報告に反対の立場で討論します。
 同様の趣旨で提出された請願第5号、第6号、第7号を不採択すべきものとした委員長報告全体に対する反対討論です。

 総務委員会では、請願第8号を含め、4つの市民団体から提出された、戦争法案の撤回や廃案を求める請願を一括審議し、参考人の皆さんの戦争をしない平和国家であり続けたいとの悲痛なまでの訴えと頭を深々と下げての請願権の行使に背を向け、すべて賛成少数で不採択すべきものとしました。

 これに対し、せめて、今国会では制定しないことを求め、市民ネットを含め、共産党・改革ながの・無所属議員2人で協議し、「安全保障法制関連2法案の今国会での採決は行わないことを求める意見書案」を対置させて提出しましたが、残念ながら賛成少数で不採択に。 

 そして、あろうことか!です。
 新友会と公明党議員団の皆さんは、事前協議の上でしょう、「安全保障法制関連2法案のわかりやすい説明を求める意見書」を議員発議し、賛成多数で採択すべきものと決してしまいました。

 安全保障法制をめぐる国会の議論の「今」をいかなる局面と認識しているのでしょうか。

 会期末を目前にした6月22日夜、政府・与党は9月27日まで95日間という国会史上最長の会期延長を行い、60日ルールによる衆議院再議決を視野に入れ、その成立をはかろうとしています。まさに制定ありきの強硬姿勢で暴走している局面です。

さらに、衆議院憲法審査会では与党推薦の参考人ですら「法案が憲法違反である」とし、最新の共同通信の世論調査(6月20日調べ)では、56%が「違憲」と答えています。
また、各種報道機関の世論調査では、法案は「説明不足で分かりにくい」という声が8割を超え、同様に8割を超える回答が「今国会での成立に反対」し、慎重審議を求めています。

 こうした局面で、「慎重審議」の4文字すら消え去った「わかりやすい説明を求める意見書」は、法案審議では極めて当たり前のことを言っているにすぎず、何の意味もないといわなければなりません。

 私は、憲法違反の安全保障法案は、撤回以外にないと考える一人ですが、国民、市民の圧倒的多数が「今国会での成立反対」「慎重審議」を求めている現実をふまえ、「今国会では成立させないことを求める意見書」こそが、国民・市民の願いに応える現実的な対応だと考えます。

 そもそも歴代政権は、長年の国会論議などを通して、「憲法第9条の下において許容される自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、わが国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない」との憲法解釈を確定し、これを貫いてきました。
 この「専守防衛」の立場を貫き、日本は戦後70年間、不戦・平和国家として国際社会において信頼と尊敬を得てきたのです。
 安倍首相は、集団的自衛権行使を発動したいのであれば、真正面から憲法改正を提起すべきなのです。それが立憲主義です。

 ところが安倍政権は、昨年7月、憲法解釈の変更によって集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行い、そして去る4月末に「日米防衛協力のための指針」を改定し、「日米同盟はアジア太平洋地域のみならず、世界の平和と安定になくてはならない」と表明して日米軍事一体を強調し、私たち国民と国会にではなく、米国議会でこの2法案を「この夏までに成就させる」と約束してきたのです。
 本末転倒も極まれり、です。

 集団的自衛権とは、「わが国が直接攻撃されていないにもかかわらず、同盟国への攻撃を武力で阻止する権利」です。
 これは、国際社会で確立されている共通の認識です。

 「限定的な集団的自衛権の行使は憲法9条の範囲内である」とする新しい解釈は、「存立危機事態」であるとか「重要影響事態」といった定義の定まらない事態を勝手に想定し、集団的自衛権と個別的自衛権の本質的な相違をごまかすものに他ならず、限定的であっても集団的自衛権の行使は憲法違反であるとの圧倒的多数の憲法学者、法専門家らの指摘に、私たち議会人は真摯に向き合うべきでしょう。

 かつて米国の要請で、2001年のアフガン攻撃、2003年のイラク戦争に日本は自衛隊を派遣しましたが、憲法9条があるがゆえに「武力行使はしない、戦闘地域で活動はしない」と制限しました。
 集団的自衛権の行使とは、この制限をなくすことです。安倍首相は「日米同盟はアジア太平洋地域のみならず、世界の平和と安定になくてはならない」と表明し、自衛隊に米軍と行動を共にさせようというのですから、今は否定しているものの、イラク戦争のような事態が再現した場合に、米国が勝手に起こす戦争にNOと言えるのでしょうか。
 「これは存立危機事態だ」などの理由付けで自衛隊を海外派遣し武力行使に及ぶのではないですか。しかも、その判断情報は、特定秘密保護法で秘匿され、国民には知らされません。

 この2法案が成立すれば、海外で自衛隊が人を殺し殺されるだけでなく、日本本土、特に原発や沖縄などが攻撃対象になり、また海外で活動するNGOや報道関係者、商社マン、旅行者などがテロの対象になる可能性を格段に高めるのです。
 リスクが高まるのは海外に派遣される自衛隊員だけではありません。平和の衣をまとった戦争法により、生命・身体・財産を危うくさせられてしまうのは、私たち国民なのです。

 法案の本質的問題を改めて3点指摘します。

 一つは、憲法が禁じる集団的自衛権を行使し、「我が国と密接な関係にある他国への武力攻撃により、我が国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を「存立危機事態」と位置付け、自衛隊を海外に派兵し武力を行使する。米国の勝手な戦争に日本が参戦するということです。
 
 二つは、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態を「重要影響事態」とし、周辺事態法を改名し、「日本周辺」という地理的制約を取っ払い、米軍や他国の軍隊を後方支援できるようにする。すなわち、日米の軍事協力が地球規模で展開されることになります。

 三つは、国際社会の平和と安全を脅かす事態に対処するため、外国軍隊を後方支援する自衛隊を随時派遣する「国際平和支援法」を恒久法として制定。しかも武力行使を排除しないものとなります。「例外なき国会の事前承認」は、政権与党が過半数を超える今の国会においては、「歯止め」とはなりません。

 これらの本質は、安倍首相が美辞麗句を並べ何と言おうが「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し」(前文)、「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」(第9条)を宣言して政府に戦争を禁じた憲法に違反することは明白です。

 総務委員会では、請願を不採択すべき意見として、安全保障の環境の変化が指摘されました。
 しかし、憲法の根本的な法理を変更する理由にはなりません。国際紛争を解決する手段として、戦争の発動、武力による威嚇又は武力の行使を禁じているのですから、非軍事による徹底した平和外交により、国際紛争の火種を除去することこそが必要なのです。集団的自衛権の行使を憲法の範囲内とする論拠とはなりえません。

 また、「武力行使の新3要件は、個別的自衛権の範囲内」との意見がありました。
 これは新3要件に関する政府統一見解すらも超える珍解釈で、見当違いもはなはだしい、市民に間違った幻想を振りまき、黒を白と言いくるめる論理のすり替えはやめなさいと強く警告したいと思います。

 更には、「もう一度、国においてきちんと精査し、戦争が無いような法案にしてほしい。国自身も考え直せよというものを出すべき」との意見が出されました。
 フライング発言なのか、本音なのか、真意は定かではありませんが、「その通り!」と申し上げたい。法案は出し直した方がよいとおっしゃるのであれば、「今国会で成立させないことを求める意見書」にこそ賛同されるべきではないですか。

 県内の市町村の議会では、次々に「戦争法案撤回を求める意見書」をはじめ「慎重審議を求める意見書」が採択されています。

 請願を不採択すべきとされた新友会、公明の議員の皆さん。
 
「今の法案はあまりにも危うすぎる。法案は出し直した方がよい」と考えていらっしゃる議員が、私たちのほかにも、この議場には少なからずいらっしゃると信じたい。

 戦後70年の節目を「新たな戦前の時代の始まり」にしないために、本音で討論し議決する長野市議会を体現しようではありませんか。

 このことを強く申し上げて反対討論とします。