子どもらの感性に学びたい…「幸せな世界」

 広島市平和記念式典…、広島市長の「平和宣言」とともに、子どもたちの「平和への誓い」には毎年心を打たれます。

 「平和とは、世界中すべての人が幸せになること」…東京電力福島第1原発事故後、福島から広島に避難した小学6年生の三浦友菜(ゆうな)さんが、戦争と放射能汚染のない世界を願って書いた作文が、「平和の歌声・意見発表会」(広島市教委主催)で優秀作に選ばれ、今日の広島市平和祈念式典での「平和への誓い」にそのエッセンスが盛り込まれ、全世界に発信されたそうです。

 三浦友菜さんの作文「幸せな世界」を紹介します。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 私は、平和とは、世界にいるすべての人間が幸せになる事だと思います。

 私には、家族がいます。私の事を支えてくれる家族がいます。私の友達にも家族がいます。三人の家族もいれば、五人の家族もいます。私の家族は五人います。でも今、広島にいるのは、四人だけです。お母さん、お姉ちゃん、妹と私はお母さんのふるさとの広島でくらしていますが、お父さんは今までみんなでくらしていた福島県いわき市にいます。なぜ、はなれてくらしているかというと、2011年3月11日の東日本大震災が起きてしまったからです。

 3月11日、地震がきました。とっても大きな地震で、建物がくずれたり、津波が来たりして、たくさんの死者が出ました。地震や津波だけなら福島にいられたのですが、その数日後、福島第1原発が爆発して大変な事になりました。

 「放射能をあびると体に悪いえいきょうがあるから福島にはいられない」。とお父さんは言いました。そして、私の家族は広島に住むことになりました。しかし、お父さんは会社の仕事をしなくてはならないので、広島に住むことができません。一人残って文ぼう具店の仕事を一しょうけん命しています。時々、私たちに会うために広島に来てくれますが、数日するとまた福島にもどります。お母さんも私たちの世話をしながら1ケ月に一度、家のことをしたり、福島の人に安全な野菜をとどける仕事をしたりしています。

 私はあの大震災が起きるまで家族はいつもいっしょにいるのがあたりまえの事だと思っていました。でも今はお父さんと、はなれてくらしていて、少しさみしい時があります。いわきの友達にも会ってみたいし、いっしょに遊びたいなと思う事もあります。

 世界には、戦争などで家族を失っている人がたくさんいて、一人ぼっちになってしまった子もいると思います。私は家族とははなれてくらしていますが、家族を失ってはいません。家族がいない人は私よりさみしい思いをしていると思うのです。

 去年の平和学習で平和記念資料館に行きました。そこにはひふがはがれている人のもけいや写真、ぼろぼろになったふくやおべんとう箱の実物などがあって、それを見た時、原爆ってほんとうにおそろしいな、目に見えない放射能ってすごい力をもっているんだなと思いました。そして、広島と福島とはなれてくらすことを決めた、お父さん、お母さんの気持ちがあらためて分かりました。

 私は、戦争をすると、する分だけ、世界から幸せが消えると思います。でも、戦争をしていなくても放射能のことを心配してくらさなければならない今の日本も決して平和とは言えないと思います。

 今、福島には、自分の家でくらしたくてもくらせない人がたくさんいるし、反対に福島第1原発からはなれたくても仕事でそこに入らなければならない人もいます。

 私は、世界から戦争が消えて、放射能の心配も消えて、いろいろな国と仲良くできたら良いと思います。早く世界のみんなも幸せになってほしいと願っています。そして、私も一日でも早く、福島で家族5人が安心して、楽しくくらせるあたり前の日が来てほしいと思っています。