憲法施行70年…9条の明文改憲を止めよう!

「信州でつなぎ合う 平和と いのちと 人権を5.3憲法集会in長野」に600人

憲法記念日の5月3日、施行70周年を迎えた日本国憲法を守り活かし、不戦と民主主義の心豊かな社会をめざす憲法集会in長野が若里市民文化ホールで開かれました。

会場一杯の約600人の市民が参加し、熱気ある集いとなりました。
[下の写真は5月8日に追加しました]
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呼びかけ人の一人である戦争をさせない1000人委員会・信州の茅野實(元八十二銀行頭取)代表委員は、「国民主権、命を大事にしてきた憲法が70年で変わるなんてことは許されない」と訴えました。

170503三上智恵監督

基地の重圧をはね返す沖縄への闘いを熱く語る三上智恵監督

集会のメインは、沖縄の基地問題をテーマにドキュメンタリ映画を制作している三上智恵監督の「伝えきれない沖縄-平和への想い」と題した講演。

私たち一人一人が「風かたか」に

午前中には、三上監督の最新作「標的の島 風かたか」の上映会も催されました。Kazi-Tokyo-Flyer-N_page001
「風(かじ)かたか」とは、「風よけ」や「防波堤」を意味する沖縄の方言。

米軍属による20歳の女性殺害事件で、繰り返される米軍による許されざる暴力、人権侵害に対し、沖縄県民が「“風かたか”になれなかった」との無念を象徴するとともに、辺野古・高江の新基地建設、石垣島や宮古島で強行される自衛隊基地配備より、「軍事要塞の島」として日本本土の“風かたか”とされている沖縄の厳しい実相を象徴しています。

三上監督は、不屈の闘志でねはり強く戦い続ける沖縄の島の人々を追い続け「先祖からいただいた命を次の世代につなげていく、子孫のために頑張るという世界観を共有したい」と語りました。Kazi-Tokyo-Flyer-N_page004

安倍首相…2020年に新憲法を。9条に自衛隊明文化

3日、安倍首相は、新憲法制定を目指す右翼団体である「日本会議」主催の集会にあて、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と明言し、憲法9条に自衛隊を明記する考えを示しました。

自民党憲法改正草案では、戦力の不保持、交戦権の否認を規定した9条2項を削除し、「国防軍」を創設するとされていますが、この「改正」案を封じ、自衛隊を明文化することによる9条の「改正」、憲法「改正」そのものを実現させようとの強い意欲を示したものです。

私たち国民は憲法9条の改悪を望んではいません。

憲法改悪の期限を明示した安倍首相の暴走を必ずや止めなければなりません。

憲法記念日…社民党の声明より

2017年5月3日

憲法記念日にあたって(声明)

本日、70回目の憲法記念日を迎えました。第2次世界大戦の惨禍の反省と教訓から生まれた日本国憲法は、「武力不行使の原則」を盛り込んだ国連憲章をさらに発展させ、「交戦権」を否認し、「戦力の不保持」を定め、生存権や幸福追求権を保障するなど、人類の叡智を結晶させた人類共有の財産というべきものです。わが国が平和国家として歩むことを定めた国際的な公約であり、他の諸国とりわけアジア近隣諸国の人々から信頼をかちとるための支柱でもあります。憲法が施行70年を迎えたということは、国民が改憲の必要性を感じていないことの証です。社民党は、本日の栄えある日本国憲法施行70年に当たり、憲法の掲げた目標をさらに具体化し、現実の政治や生活に活かしていくことを、改めて誓います。

安倍首相は、施政方針演説で、「憲法施行70年の節目に当たり、……次なる70年に向かって、日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めよう」と呼びかけ、明文改憲に向けた準備を加速する意思を鮮明にしました。しかし、自民党の「憲法改正草案」は、自衛隊を憲法に「国防軍」と明記し、人権は「公益及び公の秩序」の枠内に制約し、政治権力を縛る憲法を逆に国民を統制するものに変える内容となっています。まさに安倍政権が目指す明文改憲は、現憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を踏みにじる改悪であり、社民党は、衆参憲法審査会において、「自民党憲法改正草案」の問題点を厳しく追及します。

憲法審査会の第一の任務は、「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制についての広範かつ総合的な調査」です。改憲の論点をあげつらう前に、国民に保障された諸権利を守る観点から、現憲法の理念・条項がどう活かされているかを、広範に総合的に調査することが必要です。「戦争法」の強行、生活保護費を下回る年金受給など社会保障制度の改悪、高額の授業料や不十分な奨学金制度、2000万人以上の非正規労働の拡大、男女や正規・非正規等の格差の拡大、過労死や過労自殺を生み出す長時間・過密労働、沖縄県民の民意を否定した辺野古新基地建設の強行、原発避難者の現実などは、立憲主義や憲法9条の戦争の放棄、平和主義の問題であるにとどまらず、13条の幸福追求権、14条の平等権、25条の生存権、26条の教育を受ける権利、27条勤労の権利、第8章地方自治などが踏みにじられ、活かされていない結果です。社民党は、こうした憲法理念や条文の空洞化をゆるさず、現実の政治や暮らしに憲法を活かす広範な「活憲」運動を展開します。

この間、安倍政権は、特定秘密保護法の制定など監視国家化を進め、集団的自衛権行使を容認する「戦争法」を強行し、南スーダンPKO部隊への「駆けつけ警護」等の任務付与など、アメリカと一緒になって戦争できる体制づくりをさらに進めようとしています。そしていままた、テロ対策を口実に、国民の強い反対で3回廃案としてきた「共謀罪」を導入する組織犯罪処罰法改正案を強行しようとしています。憲法の理念や現行刑法の基本原則に反し、合意という「心の中」を処罰し、思想の抑圧、人権侵害や市民監視の強化、運動への萎縮効果をもたらしかねないなどの問題点や危険性は全く変わりません。「現代版の治安維持法」であり、断固廃案に追い込みます。

米朝対立の深化によって、朝鮮半島をめぐる情勢が緊迫しています。もちろん、北朝鮮が核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返し、アジアに大きな緊張をもたらしていることについては、社民党としても厳しく批判しています。しかし、安倍首相が、アメリカの軍事行動を容認し、共同訓練を実施するなど、米国に追随し一緒になって危機を煽っていることは、極めて危険なことと言わざるをえません。挑発に対し挑発、軍事力に対し軍事力では何も解決しません。外交の失敗が戦争につながるのであって、平和憲法を持つ日本こそ、朝鮮半島の緊張緩和のための非軍事的解決に積極的な役割を果たし、戦争の危機を回避する努力が求められています。「平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化」と「北東アジア地域の永続的な平和と安定のための共同の努力」を約束している、2005年の「6か国共同声明」に北朝鮮が立ち戻るよう、アメリカはもとより中国、ロシア、韓国への働きかけを強め、相互の主権尊重、平和共存、国交正常化の措置をとるとした6か国の合意を前に進めるようにするべきです。あわせて、2002年の「日朝平壌宣言」等に基づく懸案事項の解決のために、粘り強い交渉と対話を行うべきです。社民党としても、あらゆる努力を惜しまず後押ししていきます。

本日は、地方自治法施行70周年でもあります。戦争放棄を宣言した日本国憲法は、官治中央集権の旧憲法とは異なり、第8章に「地方自治」の章を設け、地方自治を明確に位置づけ、保障するものとなり、第92条に基づく地方自治法が日本国憲法と同時に施行されました。「再び戦争をしない」という国家的意思・国民合意と、民主主義の学校である地方自治創設のねらいははっきり結びついています。地域に民主主義と自治を根付かせることによって、二度と戦争は起こさせないとした決意を今一度かみしめたいと思います。一方、地方自治条項の拡充や教育の無償化などを改憲の突破口にしようとする動きもありますが、地方自治基本法などの法律制定や予算措置で豊富化すればよく、あえて改正する必要はありません。9条をはじめとする憲法そのものの改悪のための「お試し改憲」は認められません。

平和と民主主義が、今まさに危機に立っています。次期総選挙は、後戻りできない「ポイント・オブ・ノーリターン」と言われています。戦後日本の礎である日本国憲法を、安倍政権の意のままに変えさせるわけにいきません。国民に保障された諸権利を奪い、何より大切な「いのち」を切り捨てる暴走政治をなんとしても終焉させなければなりません。「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(12条)ことが問われています。社民党は、これからも平和を愛し憲法改悪に反対する多くの人々とともに憲法を活かす運動を全力で闘い、改憲の流れを押し戻していきます。

5月3日・信濃毎日新聞『社説』=変わる自衛隊 9条が空文化する懸念

施行から70年の憲法記念日を迎えた。安倍晋三首相による安全保障政策の転換で自衛隊の活動が様変わりする中での節目である。

稲田朋美防衛相は安保関連法に基づき、自衛隊が平時から米国の艦艇などを守る「武器等防護」を命じた。安保法の新任務が行われたのは初めてだ。海自のヘリコプター搭載型護衛艦が警戒監視などをしながら、米補給艦と太平洋を航行した。

自衛隊と米軍の一体化が加速している。憲法9条が空文化してしまわないか。目を凝らさなくてはならない。

<進む軍事の一体化>

武器等防護は弾薬や艦船を守る任務だ。安保法で「日本の防衛に資する活動」をする他国軍も対象に加わった。状況に応じて必要とされる限度内で武器を使える。

護衛艦は1日に神奈川県の海自横須賀基地を出港し、房総半島沖で米艦に合流した。北朝鮮へのけん制に加え、安保法の実績作りが狙いだったのだろう。

先月下旬には護衛艦2隻が米原子力空母カール・ビンソンと共同訓練も行っている。

安保法は集団的自衛権の行使容認をはじめ、合憲性に疑問符が付いたままだ。にもかかわらず、米軍との協力を地球規模に広げた新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)と合わせ、政府は運用を本格化させている。

今国会では、自衛隊と米軍との間で水や食料、輸送や修理などの役務を融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)の改定も承認された。弾薬の提供など米軍への後方支援を拡大する。自衛隊の変質に懸念が募る。

<米国追従の危うさ>

トランプ米政権は軍事面で前のめりの姿勢を見せている。北朝鮮には軍事力行使を含め「あらゆる選択肢」を排除しないとする。空母を派遣したほか、大陸間弾道ミサイルの発射実験も行った。

ペンス副大統領は先月、安倍首相との会談で「平和は力によってもたらされる」と発言した。

首相はこうしたトランプ政権の方針に支持を表明している。

北朝鮮の核・ミサイル開発は座視できない。だからといって、米軍と共に「力」を誇示することが問題解決につながるのか。対立がエスカレートする事態を招かないか。疑問は多い。

米国への無批判な姿勢は北朝鮮問題に限らない。シリアへのミサイル攻撃についても、アサド政権が化学兵器を使ったという根拠がはっきりしないまま、米国への支持を表明していた。

これでは、仮に米国から自衛隊の派遣を迫られた場合、日本政府が独自の判断を下せるとはとても思えない。言われるまま自衛隊を出すことにならないか。海外での活動を拡大した安保法の危うさが改めて浮かび上がる。

9条の下、戦後日本は「専守防衛」を基本としてきた。自衛隊は日本が直接攻撃されたときに初めて武力を行使する、その場合も自衛のための必要最小限度にとどめる、装備も同様に最小限度とするといった考え方だ。

政府は今も専守防衛を維持しているとするものの、従来の抑制的な政策とは全く異なる。

集団的自衛権の行使を容認したことで、米国など他国への攻撃でも日本の存立が脅かされる事態と政府が判断すれば、武力行使できるようになった。

世界の軍事費をまとめ、発表しているスウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、日本は2016年に前年と同じ8位だった。既に世界有数の「軍事大国」である。安倍政権はさらに毎年、防衛予算を増やしている。

自民党は他国のミサイル発射拠点をたたく「敵基地攻撃能力」を持つことも提言した。

<国際平和を希求し>

高村正彦・自民党副総裁は先ごろラジオ番組で、戦力不保持を定めた9条2項を改め、自衛隊の存在を憲法に明確に位置付けるべきだと主張した。「文言通りに読めば自衛隊は違憲と言わざるを得ない」と述べている。

憲法と整合させる努力をするのではなく、現実に合わせて改憲しようという逆さまの発想だ。米軍との一体化が進むほど、こうした声が幅を利かす恐れがある。自衛隊の活動をなし崩しに広げるわけにはいかない。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」

9条は単に戦争を放棄するだけでなく、武力によらない平和への決意を宣言している。

紛争の平和的な解決に向けた外交努力、貧困を改善するための援助、難民への人道支援…。世界のためになすべきことはたくさんある。平和憲法を持つ国にふさわしい道を探りたい。

5月4日・信濃毎日新聞『社説』=首相改憲発言 身勝手な使命感の表明

安倍晋三首相が改憲について踏み込んだ発言をした。

「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と初めて具体的な時期を示している。なぜ、それほど急ぐのか。唐突な決意表明である。

東京都内で開かれた憲法改正を訴える会合に自民党総裁として寄せたビデオメッセージだ。具体的な項目として9条や教育無償化に触れている。憲法を尊重し、擁護する義務を負う首相が憲法記念日に改憲を主張する。強い違和感を抱かせる発言である。

改憲時期について「半世紀ぶりに夏季のオリンピック、パラリンピックが開催される2020年を未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだ」とし、20年施行という目標を明示した。

期限をはっきりさせることで論議を加速させたいのか。衆参両院の憲法審査会では各党の主張の隔たりが大きい。改憲項目の絞り込みが進まず、国民的な議論も熟していない状況で3年後に施行とはあまりにも性急な提示だ。

9条については、戦争放棄の1項、戦力不保持の2項を残しつつ自衛隊を明文で書き込むという考え方を示し、「国民的な議論に値するだろう」とした。

多くの憲法学者や政党の中に自衛隊を違憲とする議論が今なお存在するとし、憲法に位置付けることで「違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきだとも述べている。

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定める2項を残し、どのように書き込もうというのか。専守防衛の枠から自衛隊が踏み出すことにならないか。疑問は尽きない。

安倍政権は一内閣の判断で憲法解釈を変更し、違憲との批判を顧みることなく集団的自衛権行使の安全保障関連法を定めた。立憲主義を軽んじる首相の提案に乗ることはできない。

首相は、未来と国民に責任を持つ政党として憲法審査会での「具体的な議論」をリードし、歴史的使命を果たしていきたいとも述べた。世論調査では、安倍政権下での改憲に過半数が反対と答えている。自身の悲願を果たしたいだけの身勝手な使命感ではないか。

改憲派の会合での一方的なメッセージである。見過ごすことはできない。首相は自身の考えを国会できちんと説明する必要がある。

5月3日・朝日新聞『社説』=憲法70年 この歴史への自負を失うまい

1947年5月3日、『新しい憲法 明るい生活』と題する小冊子が発行された。政府肝煎りの憲法普及会が作り、2千万部を全国の家庭に配った。

後の首相、芦田均による発刊の言葉が高らかだ。「古い日本は影をひそめて、新しい日本が誕生した」。本文は、新時代を生きる国民に「頭の切りかえ」を求めている。

施行から70年。憲法は国民の間に定着したかに見える。それでは為政者の頭はしっかり切りかわったか。残念ながら、答えは否である。

先月行われた施行記念式典で、安倍首相は70年の歩みへの「静かな誇り」を語った。憲法の「普遍的価値」を心に刻む、とも述べた。

額面通りには受け取れない。首相自身の言葉の数々が、その本音を雄弁に語る。

「今こそ、憲法改正を含め、戦後体制の鎖を断ち切らなければなりません」

あるいはまた、自民党の選挙スローガン「日本を、取り戻す。」について、「これは戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦いであります」。
静かに誇るどころか、戦後の「新しい日本」を否定するような志向が浮かぶ。一時は沈静化したかに見えた「押しつけ憲法」論が、色濃く影を落とす。

そのような安倍政権の下で、憲法は今、深く傷つけられている。かつてない危機にあると言わざるをえない。

集団的自衛権は9条を変えない限り行使できない――。この長年堅持されてきた憲法解釈を覆した決定に、「立憲主義の破壊」との批判がやまないのは当然だろう。

念入りに葬られたはずの教育勅語。その復権を黙認するかのような最近の動向も同様である。戦前の亡霊が、これだけの歳月をもってしても封じ込められていないことに暗然とする。

安倍政権に欠けているのは、歴代内閣が営々と積み重ねてきた施政に対する謙虚さであり、さらに言えば、憲法そのものへの敬意ではないか。「憲法改正を国民に1回味わってもらう」という「お試し改憲」論に、憲法を粗略に扱う体質が極まっている。

国民主権、人権尊重、平和主義という現憲法の基本原理が役割を果たしたからこそ、日本は平和と繁栄を達成できた。ともかくも自由な社会を築いてきた。その歴史に対する自負を失うべきではない。

現憲法のどこに具体的で差し迫った不具合があるのか。改憲を語るなら、そこから地道に積み上げるのが本筋だ。

目下の憲法の危機の根底には、戦後日本の歩みを否定する思想がある。特異な歴史観には到底同調できないし、それに基づく危険な改憲への道は阻まなければならない。

『新しい憲法 明るい生活』は言う。「政府も、役人も、私たちによってかえることができる」。そして、「これからは政治の責任はすべて私たちみんながおう」とも。

70年前の言葉が、今まさに新鮮に響く。

5月4日・朝日新聞『社説』=憲法70年 9条の理想を使いこなす

戦後70年余、平和国家として歩んできた日本が、大きな岐路に立たされている。

台頭する隣国・中国と、内向きになる同盟国・米国。北朝鮮の核・ミサイルによる軍事的挑発はやまない。

日本は自らをどう守り、アジア太平洋地域の平和と安定のために役割を果たしていくか。

答えに迷うことはない。

憲法9条を堅持し、先の大戦の反省を踏まえた戦後の平和国家の歩みを不変の土台として、国際協調の担い手として生きていくべきだ。

■平和主義を次世代へ

安倍首相はきのう、憲法改正を求める集会にビデオメッセージを寄せ、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と語った。
首相は改正項目として9条を挙げ、「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」と語った。

自衛隊は国民の間で定着し、幅広い支持を得ている。政府解釈で一貫して認められてきた存在を条文に書き込むだけなら、改憲に政治的エネルギーを費やすことにどれほどの意味があるのか。

安倍政権は安全保障関連法のために、憲法解釈を一方的に変え、歴代内閣が違憲としてきた集団的自衛権の行使容認に踏み込んだ。自衛隊を明記することで条文上も行使容認を追認する意図があるのではないか。

9条を改める必要はない。
戦後日本の平和主義を支えてきた9条を、変えることなく次の世代に伝える意義の方がはるかに大きい。

■専守防衛の堅持を

日本防衛のため一定の抑止力は必要だが、それだけで平和と安定が築けるわけではない。

米国が北朝鮮に軍事攻撃を仕掛ければ、反撃を受けるのは日本や韓国であり、ともに壊滅的な被害を受ける可能性がある。日米韓に中国、ロシアを巻き込んだ多国間の対話と、粘り強い外交交渉によって軟着陸をはかるしかない。

こで地域の協調に力を尽くすことが日本の役割だ。そのためにも、専守防衛を揺るがしてはならない。

自衛隊はあくまで防衛に徹する「盾」となり、強力な打撃力を持つ米軍が「矛」の役割を果たす。この役割分担こそ、9条を生かす政治の知恵だ。

時に単独行動に走ろうとする米国と適切な距離を保ち、協調を促すため、日本が9条を持つ意義は大きい。

中国や韓国との関係を考えるときにも、他国を攻撃することはないという日本の意思が基礎になる。侵略と植民地支配の過去をもつ日本は、その歴史から逃れられない。

一方で、今年は国連平和維持活動(PKO)協力法制定から25年の節目でもある。

PKOを含め海外に派遣された自衛隊は、一発の銃弾も撃っていない。一人も殺さず、一人も殺されていない。

9条が自衛隊の海外での武力行使に歯止めをかけてきたことの効用だ。その結果、中東などで培われた日本の平和ブランドを大事にしたい。

紛争の起きた国の再建を手伝う「平和構築」は憲法前文の精神に沿う。日本も「地球貢献国家」として、自衛隊が参加できるPKO任務の幅を広げたい。朝日新聞は憲法施行60年の社説で、そう主張した。

同時に、忘れてならない原則がある。自衛隊の活動は、あくまで9条の枠内で行われることだ。それを担保するPKO参加5原則を緩めてまで、自衛隊派遣を優先してはならない。

■日本の「骨格」を保つ

PKOは近年、住民保護のために積極的に武力を使う方向に「変質」している。そこに自衛隊を送れば実質的に紛争に関与する恐れが強まる。

PKO以外にも視野を広げれば、災害支援や難民対策、感染症対策など日本にふさわしい非軍事の貢献策は多い。こうした人間の安全保障の観点から、日本ができる支援を着実に実行することが、長い目でみれば日本への信頼を育てる。

安全保障の文脈にとどまらない。戦前の軍国主義の体制ときっぱり決別し、個人の自由と人権が尊重される社会を支えてきたのも、9条だった。

これを改めれば、歴史的にも社会的にも、戦後日本はその「骨格」を失う。戦前の歴史への反省を否定する負のメッセージと国際社会から受け取られかねない。その損失はあまりにも大きい。
軍事に偏らず、米国一辺倒に陥らず、主体的にアジア外交を展開する。国際協調の担い手として、常に冷静な判断を世界に示す。そんなバランスのとれた日本の未来図を描きたい。

9条は日本の資産である。

そこに込められた理想を、現実のなかで十分に使いこなす道こそ、日本の平和と社会の安定を確かなものにする。