旧日本軍の地下壕跡…地元安茂里で整備へ

太平洋戦争末期、松代地区への大本営地下壕工事に関連して旧海軍が長野市安茂里小市に掘られた地下壕の存在を後世に伝えようと、地元の小市地区の有志らで、6月14日、草木に覆われた地下壕の入り口の整備を始めました。

戦後75年の節目、戦争体験の風化が進む中、戦争を知らない世代に地域に残る戦争史跡への関心を高め、平和の尊さを語り継ぐ一つの拠点にしていきたいとの願いによるものです。

小市に残る地下壕は、旧海軍第300設営隊によって掘削されたもので、高さ2.5メートル、幅3メートル、奥行き20メートル余。掘削時には100メートルほどの奥行きだったとされ、本格的な工事の一歩手前で終戦になったとみられています。

地元安茂里では、今年2月に、安茂里地区一帯に駐留した旧日本軍部隊の活動状況について、旧安茂里村長によって1945年に記された日記=『自由日記』の記述等をもとに、地元住民の証言を聞く会が取り組まれ、旧海軍通信隊の宿舎になっていた元長野市長・塚田佐さんも当時の様子を証言。この会を契機に「昭和の安茂里を語り継ぐ会」(共同代表=塚田武司・岡村元一)がつくられました。

松代大本営地下壕跡の保存・公開運動に携わった長野俊英高校・郷土研究班を指導した土屋光男さんの調査研究を踏まえ、「昭和の安茂里を語り継ぐ会」で、このほど、冊子「『自由日記』が語るもの」が発刊されました。旧海軍通信隊や陸軍部隊によって掘削された地下壕などを紹介しています。冊子の問い合わせは私までご連絡ください。

関係者の皆さんのご尽力に頭が下がる想いです。

節目節目の活動にご案内をいただきながら、残念ながら議会と重なり出席することができませんでした。松代大本営地下壕工事の歴史の解明と強制連行された朝鮮人労働者の追悼碑運動等に関わってきている私としては、自らが住まう地域での戦争史跡の存在は、大きな関心事です。

14日の地下壕前の整備には、私も参加し、鎌やのこぎりで周辺の草木を刈り払い、堆積した落ち葉や腐葉土の片付けを始めたところです。

現在、入り口には進入防止のフェンスが設置されています。今後も作業を続け、子どもたちや年配者の皆さんにもフェンス前まで安全に近づけるように整備したいとのこと。説明看板の設置も検討されています。ともに、取り組みを進めたいと思います。

【参考】

【出典】信濃毎日新聞5月16日付より

【出典】信濃毎日新聞2月28日付より