被爆73周年…原爆許すまじ

8月6日午前8時15分、広島平和祈念公園に響く鐘の音と染み入る蝉の声…広島原爆投下から73年の「今」をヒロシマと共有しながら黙とうを捧げました。

今年もヒロシマとTV中継で結びながら催された被爆73周年原水爆禁止長野県大会に参加。核兵器廃絶を誓いました。

世界には、いまだ15,000発の核兵器が存在しています。

昨年7月に国連で122ヵ国の賛成で核兵器禁止条約が採択されました。しかし、世界で唯一の戦争被爆国である日本政府は、この条約に反対し交渉にも参加していません。

「核兵器使用の被害者及び核兵器の実験により影響を受けた者にもたらされる容認しがたい苦しみと被害」を共有し、「核兵器のいかなる使用も人道の諸原則及び公共の良心に反する」と規定する核兵器禁止条約に参加することにいかなる躊躇いがあるというのでしょうか。

米国の核の傘と核抑止論に甘んじ、核保有国と非保有国の「建設的な協力が必要不可欠」とする日本政府の態度は、許されるものではありません。

原水禁県大会では、長野県原爆被害者の会の藤森俊希会長のメッセージビデオ「藤森俊希の伝言~きのこ雲の下、僕は1歳だった~」を上映、核兵器廃絶への熱い想いに心を打たれました。

また、長野県原爆被害者の会・副会長で被爆二世の前座明司さん(松本市在住)から、被爆一世で被害者の会の会長を長く務められた父・良明さんの体験話、そして二世としての健康不安を抱えながらの核兵器廃絶に向けた活動をお話ししていただきました。

広島で被爆し2009年に逝去された父・良明さんは、松本市内で「ピカドン」と名付けた食堂の経営の傍ら、被害者の会・会長として核兵器廃絶を訴え東奔西走され、今日、二世の明司さんをはじめ現在の会長である藤森俊希さんの活動に引き継がれています。被爆の語り部としても活躍されてきた方でした。

県被爆者被害者の会の前座明司・副会長。被爆二世の体験談をお聞きしました

県内の被爆者健康手帳の保有者は今年3月末で106人だそうです。
広島、長崎の被爆者の平均年齢は82.06歳で高齢化が進み、その子どもである二世も高齢の域に入りつつあります。

原爆症の認定問題をはじめ、二世・三世の健康被害や在外被爆者の問題など、今なお課題として残っています。

被爆の実相を次世代につなぐことは私たち一人一人の責務です。

人類と核は共存できない…日本政府に核兵器禁止条約に参加させるともに、世界の核兵器保有国に対し条約参加を促し、核兵器禁止を実効性のあるものにしていくことが、人類の使命として問われています。

被爆者の悲願に応え、すべての子ども達に希望ある未来を残すために、力を尽くしたいものです。

➡長野県原爆被害者の会の藤森俊希会長のインタビュー記事を紹介【信濃毎日新聞より】

今朝は午前5時から実践倫理宏正会の「平和祈念朝起会」にも参加しました。

8月6日、9日、そして15日…戦後73回目の平和の祈りの日です。