広島原爆の日

72回目の「広島原爆の日」です。

今朝は午前5時からの実践倫理宏正会の「平和祈念朝起会」に参加、午前8時からは被曝72周年原水爆禁止長野県大会に臨みました。

原爆が投下された午前8時15分、広島平和祈念式典をテレビ中継で結び、黙とうを捧げました。
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県原水禁では、12名の子ども代表団を含む25名の仲間を広島原水禁世界大会に派遣しています。

今年7月7日、国連で加盟国193か国中122か国の賛成で「核兵器禁止条約」が採択されました。同条約は、核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)の容認しがたい苦しみと被害に言及し、核兵器の非人道性を強調、核兵器の開発や実験だけでなく、核兵器の使用と威嚇を行うことも禁止するものです。

核兵器の廃絶への歴史的一歩です。

しかし、日本政府は、条約の交渉会議への参加を拒否し、成立した条約の批准をしないとの態度を変えていません。唯一の戦争被爆国である国際的な責務を放棄するもので許すことはできません。

世界には、約1万5000発もの核兵器が存在し、世界平和への脅威となっています。アジアでは北朝鮮が昨年9月に5回目の核実験を強行しました。「核と人類は共存できない」…いかなる国のいかなる核実験にも反対します。

今後、核兵器禁止条約の実効性を確保するためにも、日本が核抑止政策を転換し条約を批准する強く求めるものです。

世界の潮流とともに、核廃絶に向けて動き出したいものです。

そして、原発です。
福島原発事故から6年余、未だ過酷事故の収束作業が遅々として進まない一方で、被災住民の帰還が強要され、原発の再稼働が強行されています。

原子力発電に依存するエネルギー政策の抜本的転換も待ったなしの課題です。

原水禁県大会では、長野県原爆被害者の会の今井和子さん(長野市在住)から、被爆体験と核廃絶に向けた訴えをお聴きしました。
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東京大空襲により、母の実家であった広島市内に疎開していた今井さんは、爆心地から2キロメートルの地点で母、祖母とともに被曝されたそうです。当時5歳でした。

原爆投下瞬時、ピカとドンが一緒に押し寄せ、畳や家財が吹っ飛ぶ中、奇跡的に無傷で生き残ったとのこと、しかし、6キロ先の知人宅への避難の際に、放射能を含む“黒い雨”を浴びたそうです。道すがら、折りたたむように被爆者を積んだ馬車の後を背中を真っ赤にやけどした青年が無表情で歩く姿を鮮明に覚えているとのことでした。

「繰り返してはなりません。日本は核の傘に頼らず外交による平和を目指さなければいけません」…核廃絶署名活動の先頭に立つ今井さんは、静かに訴えました。

72年前の広島に想いを馳せ、核兵器廃絶、脱原発を改めて誓い決意する日です。