被爆76周年…核兵器禁止条約の批准・参加へ

8月6日、被爆76周年の「ヒロシマの日」です。

午前8時から開かれた原水爆禁止長野県大会に参加し、原爆投下の8時15分、広島市で開催されている「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」に合わせ黙とうを捧げました。

広島市の松井一實市長は『平和宣言』で、市民社会が「核兵器は不要」との総意を形成するよう呼びかけ、日本政府に対し「被爆者の思いを誠実に受け止めて、一刻も早く核兵器禁止条約の締約国となるとともに、これから開催される第1回締約国会議に参加し、各国の信頼回復と核兵器に頼らない安全保障への道筋を描ける環境を見いだすなど核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たしていただきたい」と核兵器禁止条約の早期批准と参加を強く求めました。

また、原爆投下直後に降った「黒い雨」の被害者の早期救済も要請しました。

全く同感です。

他方、菅首相はあいさつで、核兵器禁止条約に触れずじまいどころか、「核兵器のない世界の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要」などの部分を読み飛ばす始末。本気度が問われます。

原水禁県大会では、長野県原爆被害者の会の今井和子さんから、被爆体験をお話しいただきました。

76年前の8月6日、当時5歳だった今井さんは、母の実家がある広島市に疎開中、爆心地から2キロの地点で被爆。縁側で遊んでいた時に、「激しい閃光と下から突き上げるような地響きがあり、すごい爆風で体がふわぁと浮き上がったことを覚えている。皮膚が焼けただれ、台車で運ばれる虚ろな眼をした青年の姿が忘れられない。何が起きたかわからないまま多くの人が命を落とした。生きていられることが幸運」と被爆当時を振り返り、「被爆者に残された時間は多くない」と述べ核兵器禁止条約の早期批准を訴えました。

「被爆者は二つの苦悩を抱えて生きている。生涯続く健康被害への不安と、当時、自分たちのことで精いっぱいで助けを求める人たちに手を差し伸べることができないまま生きていることへの罪悪感だ」と静かに語る今井さんの言葉が心に突き刺さりました。

「子や孫に同じ悲惨な目に絶対あわせてはならない」…被爆者の皆さんの切実な想いと訴えに、ともに応えていきたいと思います。