ミャンマーで今、何が起きているのか…緊急学習会開く

「ミャンマーで今、何が起きているのか」…アジアの一国、日本ともつながりの深いミャンマーで、軍事クーデターがなぜ起こったのか、まずは知ることから始め、私たちにできることは何かを探ろうと、5月27日、ミャンマー・ヤンゴンと東京、静岡をオンラインで結びながら緊急学習会を開きました。約70人が参加。

有志でつくった「ミャンマー問題を考える信州の会・準備会」で主催したもので、在日ミャンマー人をはじめ、ミャンマーに在留する日本人からリアルな報告と訴えをいただき、課題を共有することができました。私も有志の一人として準備に参加、初めの一歩です。

冒頭、準備会を代表して白蓮坊住職の若麻績敏隆さんが「不殺生を説く僧侶の立場からすると、信仰の深い仏教の国・ミャンマーでなぜ、これほどまでに殺生が行われ、憎悪の連鎖が続くのか、疑問が募る。クーデター以降、予断を許さない状況が続く。ミャンマーの今をつぶさに報告いただくことを通して、今、私たちに何ができるかを探りたい」とあいさつ。

長野市出身女性と結婚した東京在住のミャンマー人Aさん(40歳)は、親族のジャーナリストらが2カ月以上にわたり拘束されたままで、「人権問題であり、民主主義への挑戦だ」と厳しく指摘、拘束者の解放と民主化を求めて都内街頭で訴えを続けています。

Aさんは、ミャンマー国内のみならず日本国内でも国軍関係者による情報収集・監視がある中、「軍政に絶対戻したくない。反抗することは怖いけど、後がない。今回の軍事クーデターを許してしまうと、さらにこの先50年、100年軍事政権が続いてしまう。でも期待も見えている。軍政を知らず民主化の中で育ってきた若者Z世代が”自由を奪われた”と声を上げている。国際社会の関心も高まっている」と話し、「日本政府に対して、国軍を認めないこと、国民統一政府を認め対話を進めること、国軍に流れるODA等の資金源を止めること、拘束者の早期解放に向け圧力をかけることを望んでいる。SNSなどでミャンマーの今を広げてほしい」と強く訴えました。

静岡在住のミャンマー人女性Yさんからも、切実な想いを語ってもらいました。

軍政に反対し民主化を求め命がけで不服従運動を続けるミャンマーの皆さんの切実な言葉が心に突き刺さります。

また、ミャンマーに在住し起業している桂川融己さん(一時帰国中)と新町智哉さん(ヤンゴン在住)から、ミャンマーの軍政と民主化の歴史を振り返りながら、ミャンマーの母・民主主義の女神とされるアウン・サン・スー・チーさんの存在、単なる軍隊ではなく大企業を支配下にもち財閥を形成している国軍の存在、民政の復活を求め不服従で激しい抵抗運動を展開しているミャンマー民衆の「今」をわかりやすく報告してもらいました。

桂川さんのパワポ資料より

県内からは、綿半、フレックスなどの企業やACA設計事務所などが進出しているとのことです。

ミャンマー民衆の犠牲者は828人に及び、逮捕者は5,441人、いまだに4,330人が拘束され続けています。抵抗運動を続ける一方、逮捕・弾圧を逃れるため、「森の中での生活」を強いられているそうです。

ヤンゴン市内で抗議デモを撮影していた際に国軍から自宅に催涙弾を撃ち込まれた新町さんは「最近のヤンゴンは平静を取り戻しているように感じるが、毎日、市内で爆発が起きている。内戦になってしまうことが憂慮される」と緊張する近況を報告。

学習会には、2001年からミャンマーの公設学校や僧院学校の子どもたちと日本の子どもたちの交流を図り、教育設備への資金支援を続けている「アジア子ども交流支援センター」(事務局=長野市内)の代表の皆さんと一緒に、市内の企業で働くミャンマー人青年2人にも参加してもらいました。

アウン・サン・スーチーさんが描かれたマスクをつけたミャンマー青年(29歳)は、「日本にいて自分にできることを探していた」と参加の動機を話し「ミャンマーの惨状をSNSなどで広げてほしい。職場放棄の不服従で収入が途絶えているミャンマーの人々を支援するためカンパをお願いしたい」と訴えました。思いがけず、市内在住のミャンマー青年たちとつながることができたこと、とてもうれしく思います。

命がけで抵抗運動を続けるミャンマー民衆に連帯し、一にも早く軍政を終わらせ、民政を取りもどすために声を上げ続けたいと思います。

会場では1万8,523円(終了後にもカンパが届いています)の支援カンパが集まり、Aさんに送ることに。今後は、会の呼びかけ人を増やし、SNSなどでの情報発信や学習会を広げていくことを呼びかけました。

中川県議のFaceBookから転載させてもらいます

Facebookが苦手な?私は、このブログで発信できればと考えています。他人事ではなく、自分事として取り組みたいと思います。