今日の話題
今日の話題
09年6月5日
トップページに戻る トピックス・長野市議会に戻る 次のトピックス
76センチの軌道を走るローカル線…三重県北部・三岐鉄道北勢線の調査報告


 *6月1日、長野地区公共交通対策で訪問視察した三岐鉄道北勢線の報告です。
  まずは6月3日付の「徒然日記」をご覧ください。
1.三岐鉄道北勢線の「今」

             
(1)三重県北部に位置する桑名市・東員町・いなべ市の3自治体にまたがる路線で営業キロは20.4km。H15年(2003年)に沿線自治体の支援のもとに近畿鉄道から事業譲渡譲受した三岐鉄道が運行する。10年間の北勢線再生計画に基づき再生活性化事業が取り組まれ、今年が7年目となる。桑名市・東員町は住宅地を、いなべ市内は田園地帯と住宅地を走るというイメージだ。他路線と連結していないが、西桑名駅は近鉄名古屋線の桑名駅に近く乗り換えることができる。市街地に直結する路線といえよう。
   *三岐鉄道は本線となる三岐線(近鉄富田~西藤原間27.6km、北勢線とはつな
    がっていない)をはじめ、乗合バス・貸切バス、旅行業、不動産業を事業とするグル
    ープ企業体。

(2)西桑名駅(桑名市)~阿下喜駅(いなべ市)間の13駅(桑名市7駅・東員町2駅・いなべ市4駅)。全線単線で直流750V、最高速度は45km/h。すべてワンマン運転である。もともと軽便鉄道として敷設された路線で軌道幅は762mmのナローゲージ、国内ではあと近鉄線の一部に残るのみで、貴重な路線だという。小さな車両は「かわいい」というイメージだ。鉄道ファンの熱い視線も集めているようだ。駅はすべて自動発券・自動改札が導入されている。運賃は160円から460円。
  

  
(3)沿線自治体の人口は桑名市14万人、東員町2万5千人、いなべ市4万6千人。H20年の輸送人員は228.3万人で通勤定期59.9万人(26%)通学定期91.3万人(40%)定期外77.1万人(34%)。昭和50年の597万人がピークで現在はその38%だが、この3年間は毎年5%程度伸ばしている。駅前に無料駐車場を整備し「パーク・アンド・ライド(以下P&R)」を7割にあたる9つの駅に導入、418台分の駐車スペースを確保したこと、運行時間の短縮、ダイヤ改正、冷房車両の導入、駅の統廃合と新駅の設置、自治体による駅を起点とするコミ・バスの運行などが利用者増につながっているとする。また、沿線には桑名市内の県立高校4校・私立高校1校、いなべ市内には県立高校1校、計6校の高校があり、通学路線としての比重が高く、さらに定期外利用者が多いことも特徴。イベント列車の運行と通勤で定期ではなく回数券を使うケースが多いことが要因に考えられるとのことである。

(4)H24年(2012年)には再生計画の10年間を終え行政の財政支援が完了する。H19年度の経常損益は4億6800万円、三岐鉄道側は「当初、10年間で20億円の赤字を見込んだが既に累積で28億円に膨れている。300万人の利用が北勢線単体での収支ライン。予測ではH27年(2015年)には収支が合う計画」とする。ポスト2012年は「鉄道事業者が独自に路線を維持・運行することが契約内容」とする行政側、三岐鉄道側は「契約は尊重するが、利用者数の増などを見極めながら、行政との協議が必要となる」とする。財政支援終了後の課題への模索は、これからという段階である。
   

2.調査行程
       
      ▲近鉄と接続する三岐鉄道三岐線(本線)の富田駅と三岐線車両。
       富田駅は「クジラ」をかたどっているユニークな駅舎。
(1)13:10-14:50三岐鉄道本社で事業者・行政・労働組合と意見交換
       
   ◎三岐鉄道からは種村尚孝・専務取締役/北勢線管理部長、小林努・北勢線管理部
    企画室、日紫喜茂・北勢線管理部企画室

   ◎行政からは北勢線対策推進協議会北勢線対策室の駒田保・室長(桑名市)、門脇
    郁夫・課長補佐(東員町)

   ◎労働組合からは石岡鉱司・委員長、伊藤智行・書記長他
(2)15:25-15:44北勢線東員駅にてP&R、集中システム等調査
       
      ▲東員駅、新駅である         ▲東員駅前のP&R、既に満杯
       
      ▲東員駅舎内の集中指令室。左がCTCシステム。右は各駅の状況を把握する
       システムで無人駅の様子をモニターで把握できる
(3)15:44-16:19北勢線で移動、大泉駅でP&R、農産物販売施設の視察
       
      ▲大泉駅(新駅)、手前にP&Aが広がる。▲隣接する農産物販売所「うりぼう」
       市が施設を設置し、生産農家組合が受託している。
(4)16:19-16:41北勢線で終点の阿下喜駅まで移動~バスと合流し越前市へ
3.近畿日本鉄道の「北勢線廃止」表明から三岐鉄道への事業譲渡譲受へ
(1)北勢線を運行してきた近畿日本鉄道が「年間7億の赤字、老朽化している車両や施設の更新に投資できない。鉄道の使命は終えた」とし「北勢線廃止」を表明したのがH12年(2000年)7月。当初は三重交通によるバス交通への転換が考えられていたそうだ。沿線自治体(当時1市3町)は勉強会を立ち上げ、「鉄道として存続」「代替バス運行」の両面から協議、PTAや自治会による存続署名の取り組みもあり、1年半後のH14年(2002年)2月に「鉄道として存続」を決める。これに対し三重県が「採算性を考えると存続は困難、バス転換への模索が妥当。第3セクターで存続させる場合、県は経営に参加しない」との姿勢を表明する中、ついにH14年3月、近鉄が廃止を国交省に届け出るに至り、1年後の廃止が確定する。沿線自治体は三岐鉄道に協力支援を求める一方、今後10年間の存続に向けて「運営コストを68億円に想定し、55億円を沿線自治体で負担、13億円を県が支援する」というスキームをつくり、県などと協議。最終的に県は近鉄からの資産譲渡費用3.6億円の1/2負担を決める中で、三岐鉄道への承継が確定する。
(2)三岐鉄道北勢線として運行が再スタートするのがH15年(2003年)4月、近鉄の廃止表明から2年9カ月後。三岐鉄道は「北勢線を延命存続するのではなく、リニューアルして運行を引き継ぐ」という方針で北勢線の運行承継を決定したとされる。いずれにせよ、決め手となったのは10年間で55億円を運行補助する沿線自治体による財政支援である。
     
 
4.鉄道事業承継のスキームと沿線自治体の支援スキーム
(1)近鉄は事業承継にあたり、①鉄道用地を有償で沿線自治体に、②鉄道施設(レール・既存駅舎・車両など)を無償で三岐鉄道に譲渡する。結果、北勢線の鉄道用地は沿線自治体が所有し、三岐鉄道は鉄道施設(レール・駅舎)と車両を所有し、鉄道の運行・運営を行うという枠組みとなる。
(2)10年間の運営資金スキームは、
  ①沿線2市1町は近鉄所有の駅や鉄道用地をすべて取得、新たに必要となる駐車場
   や移転・統合する新駅舎の用地を取得し、無償で三岐鉄道に貸与する。

  ②土地の新規取得や運営資金、計55億円を沿線自治体が負担する。沿線自治体の
   負担割合は桑名市48%、東員町23%、いなべ市29%。市町は10年間の債務負
   担行為を設定、議会の議決を得た。

  ③県は近鉄からの資産譲渡費用1.8億円を負担するとともに、三岐鉄道のリニューアル
   に関わる高速化補助事業、高度化事業(旧近代化補助)の国との協調負担分を担う。
   なお、高速化事業を行う受け皿として「北勢線施設整備株式会社」が三セクで設置され    ている。これらの総事業費は約63億円。

(3)行政は沿線1市2町で「北勢線対策室」(4人が出向)を設置、沿線自治体と三岐鉄道で構成する「北勢線対策推進協議会」で営業収支や設備投資、利用促進策などを協議する。諮問機関として学識・鉄道有識・市町代表ら12人で構成する「北勢線対策審議会」が置かれている。
(4)行政としては10年間公的資金を投入することから、ワークショップや利用者アンケートを行い「北勢線活性化基本計画」を策定。北勢線を公共的施設として位置づけ、鉄道(公共交通)と自動車が共存できる社会づくりをめざす。
  ◎鉄道事業者=リニューアル計画(安全・安心・快適な車両・軌道・駅舎の実現、安定経    営を確立)
  ◎行政=鉄道を生かしたまちづくり計画(鉄道と自動車の共存、交通政策の柱)
  ◎住民=利用推進計画(乗ること乗せることに知恵を出す、鉄道に積極的にかかわる)
      
5.住民の取り組み
(1)今回の視察調査では、この点が不十分にとどまった。沿線のPTAや自治会が中心となって行った存続署名が起点となり、行政と住民との連携が地域力となっているようだ。とくに北勢線対策室を窓口に、沿線の132企業に訪問や郵送で「電車通勤を。それがダメなら出張や飲み会の際には北勢線を」と呼びかけたり、沿線高校に働き掛け通学定期券を売り込む活動が利用者増のバネを担っているようだ。利用促進グッズのクリアーファイルとボールペンをいただいた。こうしたグッズも必要だ。
(2)「鉄道を残そう、まちづくりには不可欠!」という住民パワーをいかに引き出し盛り上げるのかが問われていよう。

6.北勢線再生計画による利用促進活性化策…「遅い、狭い、暑い」から脱却
(1)パーク・アンド・ライド(P&R)の整備
  ①無料駐車場整備を0駅から9駅に、419台分を確保、ほとんど満杯状態
  ②無料駐輪場を新たに11駅で整備
(2)時間短縮・増発
  ①西桑名→阿下喜間を52分から42分に短縮

  ②曲線改良、軌道強化、き電線増強、変電所改良など
  ③ダイヤは最短で20分に1本から14分に1本へ、最長で2時間から60分につき1本へ
  ④西桑名駅発最終列車を21:30から23:00に
(3)車両の改良
  ①冷房化(車内の隅に大きなエアコン装置を設置し、扇風機と併用していた)
  ②高速化改造
(4)駅舎整備
  ①7つの駅を廃止し、3つの新駅に統合(P&Rと自治体運行コミュニティバスでカバー)
  ②冷暖房付き待合室を1駅から6駅に
  ③水洗トイレの拡充、2駅から12駅に
  ④駅の有人化、有人駅を3駅から6駅へ(無人駅は7駅だがインターホンや放送による
   案内設備を設置している)

  ⑤自動券売機、自動改札の導入、定期の当日販売窓口の増設
(5)行政と一体となった利用促進
  ①ギャラリートレイン(地元幼稚園児による車内への絵の展示)
  ②「大穴馬」乗車券(大穴馬券)の販売、大泉・穴太・馬道を結ぶ乗車券
  ③阿下喜温泉往復割引乗車券の販売
  ④ハイキング大会などなど
  ⑤「小さな電車で大きな恋の物語り」列車(狭い車内を利用したお見合い列車)の運行
   …4組のカップルが誕生しているとのこと

7.総括的に
(1)「三岐鉄道北勢線の今」に記したように、自治体による財政支援のもと、利用者数も増加しているとはいえ、三岐鉄道の年間経常損益は4億6千万円余、H15年度から6年間の累積赤字は28億円にのぼっていることが懸念材料といえる。自治体の財政支援が終了するH27年度以降が鍵だ。支援が終わるH26年度の需要予測は271万人、あと40万人の増加が求められる。H15年の譲渡時点では黒字化には約320万人の利用が必要とされていたことからも、大きな問題になる。多少の赤字なら存続するという姿勢が窺える点が救いではあるのだが。リニューアル事業の展開を見ると、鉄道事業者のやる気・熱意が感じ取れることが印象的だった。市街地に向かい住宅地を結ぶ鉄道路線という路線の個別的な地域事情はあるものの、自動改札、駅舎整備など設備投資が進んでいることが実感できる。またP&R事業の展開は必須である。
(2)「76センチのみんなのでんしゃ」「北勢線通勤はみんなにやさしい」をキャッチフレーズに利用促進キャンペーンが行われている。とくにマイカー通勤から鉄道通勤にすることで、車1台で5日間往復するのと比べ、31.2kgのCO2排出削減につながり、これは「スギの木2本が1年間に吸収するCO2量」に匹敵すると具体的にアピールしている点、バスとの比較や通勤定期の割安感を訴える点が特徴だ。全時刻表を載せ、からだ・かんきょう・かけいにやさしいことをアピールするチラシが作られている。こうした具体的な利用促進キャンペーンは参考になる。
(3)三岐鉄道の場合の再生経営スキームは、全国初の民間事業者間での鉄道事業の承継のケースで、行政と住民が支える構図である。三セクでもなく、「上下分離方式」でもないケースだ。こうした経営スキームは和歌山県の南海・貴志川線から和歌山電轍・貴志川線への承継につながっている。県と沿線自治体の支援の在り方という点で、経営スキームは長野電鉄・屋代線の存続にあたっても、避けて通れない課題となるのではないかと考えられる。財政支援ありきとはならないが、行政はどこまで財政支援ができるのか、事業者はリニューアル事業をどこまでできるのか、住民の利用促進で利用者増をどれだけ見込むのかが課題だ。


 
6月2日に視察した福井鉄道福武線の報告は次回とします。

このページのトップへページトップへ