宮下健司・安茂里公民館長の成人祝賀式式辞

 1月3日に開催された安茂里地区成人祝賀会の様子は、既に報告しましたが、当日の市立安茂里公民館長の宮下健司さんの式辞を掲載させていただきます。
 時代情況を見据えた深い洞察と見識のもと、「戦後70年」以後を生きる若者への期待が込められています。

 不遜な言い方になりますが、秀逸の式辞でした。感銘を受けました。
 「戦後70年」の歴史の重みとこれからの時代を生きる力なるものを改めて学ばせていただいたと思います。

 今の時代を生きるすべての皆さんに読んでいただきたいと思い、宮下公民館長の了解を得て掲載するものです。

式  辞

 平成二十八年、二〇一六年の新しい年の初めの今日の佳き日に、二〇歳、成人として第一歩を踏み出したみなさんに、新成人へのお祝いを申し上げます。「成人おめでとうございます」。

 本日の「安茂里地区成人祝賀式」を挙行するにあたり、長野市長代理の安茂里支所長 宮嵜利昭様、長野市議会議員 布目裕喜雄様はじめ、大勢の来賓の皆様のご臨席を賜りましたことに、心より厚く御礼申し上げます。

 今日この場に、一八二人の新成人がいます。新成人のみなさんがまぶしく輝いて見えるのは、着飾った晴れ着のせいではありません。みなさんの前にはこれから先、六〇年、いや七〇年におよぶ一八二個の未来が広がっているからです。

 みなさんはやがて、それぞれの社会の場で、必要な存在、なくてはならない存在となって働き、家庭を築き、長野市、長野県、日本や世界の中で活躍していくことと思います。

 一生にたった一度の成人式の今日の日に、みなさんがこれから歩み、築いていく未来についていっしょになって考えてみたいと思います。
昨年は一九四五年八月一五日の終戦の日を出発点に始まった「戦後」が七〇年目を迎えた節目の年でした。その戦後は三一〇万人の死、多くの国費を費やした日中戦争・太平洋戦争への深い反省から始まっていたのです。

 その七〇年間は多くの人たちが懸命に努力し、自由と民主主義、平和と豊かさを求め、着実に歩んできた歳月でした。だからこそ、日本人の抱く「戦後」という言葉には、平和と民主主義という言葉が重なって、特別な響きをもってせまってきました。

 日清戦争から日露戦争まではたったの一〇年、日露戦争から日中戦争までは三七年間でした。この戦後は日本が戦争をしたり、戦火に巻き込まれずに平和国家としての歩みを続けてきた誇るべき七〇年であったことを改めてかみしめたいと思います。

 その反面、昨年は国会の安保法制審議を通じて、「平和」という言葉が遠くへ行き、逆に「戦争」という言葉が近づいてきた一年だったようにも思います。その法案に反対する国会前の市民団体のデモの中に九三歳の瀬戸内寂聴さんがいました。「よい戦争はない。戦争はすべて人殺しです。二度と起こしてはならない。どうせ死ぬなら、このまま駄目といって死にたい。表向きは平和だが、すぐそこに軍隊の靴の音が聞こえてくる危険な感じがする」と訴えかけました。

 また、「使用頻度が高い言葉ほど、手垢に汚れ、切れ味が鈍磨し、意味が曖昧になる」と言って、井上ひさしさんが、最初に挙げた言葉は「平和」でした。

 「政治家は言葉で生き、言葉で滅びる」とよく言われますが、まして、政治の頂点にいる者の言葉には重いものがあります。「ドイツの良心」と呼ばれた統一ドイツの初代大統領ワイツゼッカーが昨年一月三一日に亡くなくなりました。ワイツゼッカー大統領は、「言葉の人」といわれ、多くの人の話を聞き、じっくり演説の想を練る。草稿も人任せにせず自分で書くのを常としました。ドイツ敗戦四〇周年の演説の最後に、「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」「自由を尊重しよう、平和のために努力しよう、公正をよりどころにしよう。正義について内面の規範に従おう」。そして最後に、若い世代に「他の人々に対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないよう、手を取り合い生きていくことを学んでいただきたい」と結びました。

 その一方で、昨年は日本語で「憎悪表現」「差別煽動」と呼ばれるヘイトスピーチが問題となり、大阪のテレビ局のベテラン記者は、大阪の前 橋下府知事、前 橋下市長に対して、「彼が政治家になった七年半で、ずいぶん荒っぽい言葉が社会に蔓延するようになった。攻撃的で排他的、汚い言葉遣いで誰かを罵るような人が増えた。彼の悪影響は大きいと思います」と述べています。その語りをマスコミは繰り返し放映しました。世の中には「自分でついた嘘を真実だと思いこむ人」、「自らに都合よくねじ曲げて声高に主張する大人」もいます。それはいずれも人間の尊厳を踏みにじる行為であり、その個人の人権感覚や生き方が厳しく問われます。

 さて、成人を迎えたみなさんや若者をとりまく社会状況は年々厳しさを増してきています。一九六〇年代からの高度経済成長、バブル経済とかつての日本は右肩上がりの経済成長をとげる社会でした。しかし、一九九〇年代より、低成長、過疎化、少子化、格差拡大、人口減少が問題となり、多く企業が人件費の安い海外に進出し、若者の雇用の場も失われていきました。そして今は、二〇代の約四割の若者が低い賃金の非正規雇用で働かざる得なくなっており、若者には貯金もありません。

 格差社会といわれて数年たった今はさらに格差が拡大し、驚くことに「貧困」という言葉が日常的に使われるようになりました。世帯間の格差が広がって今は六人に一人が貧困家庭で、ごはんは食べられても、夢や希望を実現できない若者が増え続けています。

 来春の高校生の就職内定率は七三,四パーセント、現在の大学進学率は五割で、ドイツ・韓国より低く、お金がないから進学もできないのです。大学に入るための学費を得るために、自衛隊に入隊する若者も出てきており、若者の貧困は深刻な社会問題になりつつあります。
いつしか、若者の社会人デビューへのハードルが、みなさんの親の時代に比べてずいぶん高くなってしまいました。

 しかし、今日成人を迎えたみなさんのような若者は上の世代よりも人々との結びつきを大切にし、社会のことをまじめに考え、経済的な豊かさより社会に役立つ生き方を選び取っている傾向があると評価され、ここにいる成人者の中にはすでに社会の中でその生き方を実践している方も多いと思います。

 昨年ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智さんは、小さい頃に祖母から「人に役立つことをやれ」と言われ続けました。韮崎市の農家の長男に生まれ、大学を卒業してから東京の下町の定時制高校の教師になりました。仕事を終え、油で汚れた手のまま学びにやってくる生徒を見て、「自分は何をやっているのか」と自らに問いかけ、人の命を助ける研究生活に入って、一九七四年 伊豆のゴルフ場近くの土の中から採取した土壌微生物が出す化合物から効寄生虫薬「イベルメクチン」を発見し、アフリカの一一億人の命を救い続けています。

 私たちの脳には誰かの人のために何かをしてやると喜びを感じるという、とても大切な機能がそなわっています。

 人は生きている限り未完成で、失敗した回数が多いほど、つかむものも大きく、負けたこと、敗れたことが多いほど得るものが大きいこともあります。また、深い谷底に落ちた者ほど、人生の高みを味わえるともいいます。

 今日、成人式を迎えたみなさんは私たちの未来への希望です。みなさんには未来があり、輝く明日があります。

 「地球上でたった一ヵ所のふるさと安茂里」はみなさんにとって、特別なブランドでもあります。この中の何人かがやがてふるさと安茂里に戻って、次世代の安茂里の地域づくりの担い手になるはずです。

 その時、立派な人、偉い人ではなく、一流な人として活躍してほしいと思います。一番は一人しかなれませんが、一流にはすべての人がなれます。柔道男子六〇キログラム級でアトランタ、シドニー、アテネオリンピックで三連覇した野村忠宏さんは、「信じた技を磨きぬけ、一つの技を極めると、他の技もついてくる」と言っています。一流とは自分はこれだけは負けないというものを持つこと、そして、心が一流な人、心がきれいな人です。

 最後に、これから未来を創っていく前途有望な新成人の皆様の益々のご健勝とご発展を祈念するとともに、新年早々のご多忙の中、ご列席いただきました来賓の皆様に衷心からの御礼を申し上げ、式辞とさせていただきます。

 平成二十八年一月三日
長野市立安茂里公民館長 宮 下 健 司

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