交通政策基本法を考える[その1]

 昨年12月4日、交通政策基本法が公布・施行されました。
 特定秘密保護法案の審議の山場であったことから、今頃になってしまいましたが、交通政策基本法の意義について考えたいと思います。

(1)交通政策基本法案は昨年11月27日、社民党をはじめ多くの政党・会派の賛成で、可決・成立したものです。同法は、「交通が、国民の自立した日常生活及び社会生活の確保、活発な地域間交流及び国際交流並びに物資の円滑な流通を実現する機能を有するものであり、国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図るために欠くことのできないものである」(第2条)として、交通の果たす機能・意義を位置づけ、交通に関する施策の基本理念及びその実現を図るための基本事項を定めるものです。
国民の交通権・移動権の明文規定はないものの、交通に関する基本法の制定は、交通運輸関係者や障がい者をはじめとする交通制約者(移動制約者)の皆さんの運動の悲願であったもので、地域公共交通の再生に向けた「憲法」的な法律に位置づくものとなります。【下図は国土交通省・報道発表資料より】
交通政策基本法概要・国交省001017809
 PDF版は交通政策基本法概要・国交省001017809
(2)元々交通に関する基本法は、自家用車への過度の依存を改め、誰もが利用しやすい公共的な交通手段を確保することで、新しい交通体系をつくろうというものであり、背景にはモータリゼーションの進展への批判、地方に顕著な公共交通の衰退と和歌山線格差運賃返還訴訟(1985年)等の運動、「私も外へ出たい」という障がい者や高齢者をはじめとする交通制約者の移動の自由の要求がありました。
英国、米国、フランスなど先進国では、障害者・高齢者が健常者と同じ交通権を得るため、1970年代から1980年代にかけてバリアフリーを推進する法整備が進みました。障害者が公共交通機関を利用できる環境を整備し、また障害者という理由で公共交通機関の利用を排除してはならないという考え方で、日本でも取り入れられてきました。
 そして、次の段階として、フランスでは1982年に交通権を明記した国内交通基本法が制定されます。交通権は「すべての人が自由に移動できる最低限の権利」と「交通手段の選択の自由」とし再定義されます。こうした流れを受けて、国内では1985年に「交通権を考える会」が、そして1986年には「交通権学会」が発足します。

(3)当時の日本社会党は、交通運輸関係労働組合や障がい者運動等と連携して、公共交通政策の充実に取り組むとともに、交通に関する基本理念を明確にして交通政策全体について総合的なあり方を示していく法律である交通基本法の法制化に向け、1987年12月、運輸部会として交通基本法制定を申し入れるに至ります。88年12月には、「21世紀にむけた国民本位の交通政策の確立のために~交通基本法の制定についての提言」をまとめ、89年には、参議院選挙政策として、国民の交通権の確立などを盛り込んだ骨子をまとめ、交通基本法の制定を提唱しました。
 実際に法案の形で国会に提出されたのは、2002年6月で、民主党・社民党で交通基本法案を国会に提出したのが始まりです。その後、紆余曲折を経て、2011年3月に民主党政権下で国交省・交通基本法検討会や交通政策審議会等での検討を経て、政府法案として法案が提出されたものの、優先順位として後回しになり、結局廃案となってしまいます。

(4)今回の交通政策基本法案は、安倍政権の下で、民主党政権時代の交通基本法案をベースに、東日本大震災後の状況変化も踏まえて検討が進められ、民主・社民提出の議員立法も参考にして提出されたものでした。交通政策の考え方の基本との位置づけで、名称変更するとともに交通の安全の確保の規定ぶりの強化のほか、「大規模災害への対処」、「日本の知識・技術の海外展開」、「運輸事業の発展」、「施設の老朽化」、「妊産婦・乳幼児」、「調査研究」などが追加されています。
他方、「国際競争力の強化」の強調や大規模公共事業の復活・推進などに懸念は残ります。移動権についても盛り込まれず、2011年法案の「国民の健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な移動その他国民等が日常生活及び社会生活を営むに当たり必要な移動、物資の円滑な流通その他の国民等の交通に対する基本的な需要」(第2条)も、今回、「国民その他の者の交通に対する基本的な需要」と簡略化されてしまったところはあります。
 しかし、地域を支える交通網は加速度的に衰えており、「買い物難民」も社会問題化しています。2030年には65歳以上の人口は3割を超え、自動車を運転できない交通制約者の移動を支えるためにも、公共交通に期待される役割は大きく、「衣・食・住」にプラスして「移動」の重要性を基本認識に据えることは極めて重要です。
公共交通機関網は都市インフラです。いわば「ライフライン」の一つ。ライフラインは電気やガス事業のように民間事業者が担うものもあれば、上下水道事業のように自治体が担っているものもあります。公共交通機関は現状では前者に相当しますが、それぞれの連携のもとに国・自治体がより一層の責任を果たすべき状況認識に立つことが重要でしょう。

(5)交通政策基本法の意義は、交通行政において、交通利用者である国民を重視する施策に転換する方向性を打ち出したことにあると考えます。法律の目的は「国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展」(第1条)で、「交通施策の理念と実現のために、国などの責務を明らかにすること」(第8条)とあるとします。つまり「移動する権利は国が責任を持って保証する」という考え方に立っているということです。
 基本理念として「国民の基本的な交通を充足させる」(第2条)、「大規模災害発生時に交通を確保する」(第3条)、「交通によって環境負荷を軽減する」(第4条)、「交通安全対策基本法と連携する」(第7条)などがあげられます。これらを充足させる国の基本的政策は、「日常生活に必要不可欠な交通手段の確保等」(第16条)、「高齢者、障害者、妊産婦等および乳幼児を同伴する保護者の円滑な移動のための施策」(第17条)など13項目に及びます。そのなかには「まちつぐり」「観光立国」などの観点も盛り込まれ、かなり広範囲に及びます。
 しかし、重要な点はやはり「日常生活に必要不可欠な交通手段の確保等」が挙げられたこと、そして施策にあたって「国、地方公共団体、事業者、施設管理者、国民など関係者それぞれの責務」を定めるとしたところでしょう

(6)同法可決の附帯決議では、「交通従事者の労働環境の改善、人材の育成・確保等への配慮」、「国民の交通に対する基本的な需要の充足」、「安全・安心・快適な移動」へ万全を期すこと、「これまでの交通政策の見直し」、「法制や助成」の的確な運用、「本法の施行状況」の検証・見直し」などが盛り込まれました。付帯決議の速やかな実施も求められるところです。
 また、「移動の権利」は、今回は「時期尚早」として明記されませんでしたが、「移動権について論じること自体が交通というものを考えるための良いきっかけとなっており、また、それが求められる背景には移動に関する差し迫った問題がある」(「交通基本法案の立案における基本的な論点について」交通政策審議会、社会資本整備審議会)ことから、さらに移動権自体の検討が進むことを期待したいところです。

(7)国段階では、交通政策基本法に基づく「交通基本計画」の策定が進められています。今年の夏ごろまでには素案がまとめられるとのことです。また、地域公共交通活性化再生法の改正案が2月13日に閣議決定され、この通常国会で審議・成立する見通しです。
 *参考=140203交通政策実現で国土交通省に要請行動
 実効性のある交通基本計画、そして地域公共交通の活性化再生に資する新たな法スキームを大いに期待します。いずれにしても、これから法律に魂を入れていく取り組みが求められています。「小さく産んで大きく育てる」といった観点から、利用者の立場に立った施策の推進、交通制約者の必要な移動の保障、総合的な交通体系の構築、生活交通の維持・確保、環境にやさしい交通政策の推進、地域の活性化等のために、施策の見直し・充実を実現していくために地方から力を尽くしたいと思います。

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